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’09.10.31美濃路ウオーク2009参加レポート
(平成21年10月31日(土)天気:晴れ) 


@午前7時10分自宅出発(MTB)>名鉄須賀駅〜白山社受付集合8:00出発>一里塚大銀杏>
一夜城>墨俣宿脇本陣>結神社>大垣三塚の一里塚>>大垣宿>船町道標>塩田の木製常夜灯>
>久徳一里塚>垂井の松並木>中山道・美濃路追分道標>朝倉運動公園ゴール>ふれあい垂井ピア>
>垂井の泉>JR東海道線垂井駅3:57発遅れ4:05発乗車>岐阜駅>名鉄須賀駅>(MTB)帰宅(pm5:50頃)
(総参加者340人)(今日の歩数:50204歩)

垂井町ホームページ


名鉄須賀駅北白山神社受付 7:43 003

白山神社出発8:00 008

一里塚の大銀杏8:39 017
(ここでは榎木ではなく銀杏)(鎌倉街道・美濃路)

羽島市内の2つ目の一里塚跡 018 8:41
(もう一つは現在正木小学校内にある)

墨俣一夜城が見えた 9:02 025
城内は歴史資料館として木下藤吉郎の一夜城築城や
墨俣宿などの歴史を紹介。犀川堤の桜は「飛騨美濃
さくら33選の地」の1つ

墨俣宿脇本陣 9:13 031
墨俣宿は、鎌倉と京都を結ぶ鎌倉街道の宿場として
栄えた。本陣は関ヶ原の戦いで伊達政宗が宿泊した。
池田屋酒店内で土日にはギャラリー&ショップが開店

鎌倉街道・美濃路(左右の道)の看板 9:36 040

結神社9:44 049 (拡大説明

大垣、三塚の一里塚跡10:47 066
(美濃路には13ヶ所の一里塚が設けられた。)

大垣宿 10:56 068 別名「水都」とも呼ばれ木曽
三川による水運と陸上交通の発達で城下町、宿場
町として発展。芭蕉をはじめ多くの旅人が往来した。

本町道標(左江戸道 右京道) 11:03 072
往時の美濃路が偲ばれる。

大垣宿本陣跡(明治天皇行在所跡)11:06 076
(現在は竹島会館)

船町道標(左江戸道 右京道)11:20 081
往時の美濃路が偲ばれる。

船町港の住吉灯台(運河の水門川沿)11:22 087
県指定史跡で大垣のシンボル

奥の細道結びの地石標11:26 092
松尾芭蕉(1644〜1694)ゆかりの水門川船町港跡や
奥の細道結びの地記念館などがある。

塩田の木製常夜灯11:47 100
杭瀬川にかかる塩田橋の西側にある。ここに塩田港
があった。船附、赤坂と三大港の1つ。

久徳の一里塚の榎 11:56 102(1604年)
美濃路には13ヶ所の一里塚が設けられた。

垂井の松並木 13:00 109
美濃路の松並木は町の保存会により保存されている

中山道・美濃路の追分道標13:19 113
1709年垂井宿の問屋奥山文左衛門建立。「是より右
東海道大垣みち左木曾街道谷汲みち」と刻まれた
自然石の道標があり、250余の道標中7番目に古い。

中山道垂井宿標識13:31 119
垂井宿は中山道の宿駅であると同時に美濃路の起点
中町に本陣、西町に脇本陣があった。
東町には当時の旅籠亀丸屋が現存している

朝倉運動公園(ゴール)13:48 120(昼食)

美濃路街道交流物産展(一宮市観光協会)13:56

ふれあい垂井ピア2009会場テント14:34 126

ふれあい垂井ピア2009会場イベント14:35 128

ふれあい垂井ピア2009会場イベント14:41 132

垂井の泉 15:16 139(垂井駅まで歩く)


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