2011.9.23 第3回 御鮨街道ウオーク参加レポート
(平成23年9月23日(金)天気:晴れ)
午前7時45分自宅出発>笠松湊公園西パターゴルフ駐車場>西笠松駅>新岐阜駅>4番バス乗り場>
>岐阜公園前下車>岐阜公園総合案内所出発イベント9:35出発>井ノ口御鮨所跡>白木町公園(お茶)>
>御園(粕森公園(お茶・休憩))>白山(溝畑公園・昼食)>加納(八幡神社・お茶・トイレ休憩)>
>堤防道路南下>笠松(福祉会館・お茶・トイレ休憩)>問屋場・高嶋家>杉山邸>笠松湊(13:03)>東屋で記念品他
(鮎雑炊・記念小品)・自由解散・帰宅 (今日の歩数:28,162歩)
解説及び拡大
★鵜匠のモニュメント(長良橋)★杉山邸改築土蔵★鮎鮨荷の出立★ぶたれ坊と茶所★鮎鮨荷の渡船の様子
★鮎鮨荷(説明)★御鮨所跡★岐阜問屋跡★鮎鮨街道・笠松問屋跡★京みちの道標★石畳 ★笠松湊
★前回までのホームページ ★(’09.10.17)の御鮨街道ウオーク(第1回)★2010年の御鮨街道ウオーク(第2回)★Map(pdf)(2011.9.23)
長良川公園総合案内所の信長像001 右上は出発を待つ参加者(約500名の参加)と 右下は鮎鮨荷(搬送人員は10〜15人) 「鮎鮨街道いま昔」によると1夏3荷で10回計3600尾搬送された |
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出発イベントの太鼓演奏 006 9:02 |
出発式(岐阜市細江市長の挨拶)010 9:14 |
総合案内所から見る金華山岐阜城の遠望 osusih23012 |
★鮎鮨荷の出発(わらじ履き) 9:35 (岐阜公園総合案内所を出発)015 |
鮎鮨荷の持ち方017 9:36 |
御鮨街道の旗の後に参加者が続く018 9:38 |
御鮨所(鮎鮨製造所)跡に向かう 019 9:47 |
井ノ口まちづくり会から御鮨所跡の案内を受け取る 021 9:49 |
白木町公園で休憩お茶など頂く 027 10:09 伊奈波界隈まちづくりの会の人々による接待でした。 |
御鮨街道沿いの旧家(岡本家)の軒先に釣鐘、屋根には卯建 (岐阜市の都市景観重要建築物) 029 10:18 |
粕森公園で休憩 031 10:22 |
溝畑公園で少し早い昼食038 11:06 |
溝畑公園に入る鮎鮨荷 040 11:08 |
宿継ぎの儀式(鮎鮨荷引き継ぎ伝達式) 045 11:10 |
鮎鮨荷を説明する高橋さん(溝畑公園) 046 11:12 |
御鮨荷引継ぎの口上(受け渡し双方で口上を述べる)052 11:33 |
側溝の標識(中山道と御鮨街道が重なっている)054 11:35 |
中山道加納宿と東番所跡の石柱(名鉄加納駅南)062 11:38 |
加納八幡神社(左)で休憩、右は荒田川。067 11:43 |
しばらく境川沿いの堤防道路を歩く079 12:16 |
笠松町福祉会館で休憩082 12:31 |
笠松問屋場の高橋家を通過086 12:51 |
高橋家前の鮎鮨街道の説明 087 12:51 |
笠松湊で栄えた杉山邸。現在は町所有094 13:01 |
笠松湊に到着096 13:03 |
笠松湊の石畳116(台風15号の影響で一部泥濘あり) |
祝完歩の横断幕(東屋)109 13:30 |
東屋で完歩記念品やアユ雑炊を頂く。107 13:08 |
御鮨所跡 ★Topへ |
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岐阜問屋跡 ★Topへ |
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ぶたれ坊と茶所 Top |
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鮎鮨街道・笠松問屋跡 Top |
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京みちの道標(笠松湊公園) Top |
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石畳(笠松湊公園) Top |
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笠松湊 (笠松湊公園) Top |
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★以下の写真は昨年以前のものです。 | |
鵜匠のモニュメント(長良橋) Top |
杉山邸改築土蔵 Top 杉山邸は2009年町に寄贈(敷地面積530u) Top |
岐阜公園 総合案内所から鮎鮨荷の出立 Top★岐阜公園 総合案内所は、平成21年12月16日に完成した。★Topへ 鮎鮨荷は、三荷が定型、享保7年以降年10回と定量化された。一荷は六桶、一桶に20尾分詰め られていた。(三荷六桶で360尾)荷の運搬は先頭に責任者「宰領」1人「御証文箱持ち1人」 「人足」3人の計5人ですが、交代要員含めて一行は15人ほどになっています。 江戸〜岐阜間は約400キロ。これを5日間で宿次搬送しているので、平均時速は約4kmです。 (「御鮨街道いま昔」高橋恒美著)より ★Topへ |
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御鮨街道沿いの彼岸花 (2010年撮影分) ★Topへ |
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